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サッカーの神様 ペレ

ペレ(Pelé)、本名:エドソン・アランテス・ド・ナシメント、サッカーの神様と称されるブラジルのサッカー選手。

ペレの由来は、草サッカーを意味するPelada(ポルトガル語)から来ているといわれたり、ブラジルに住む日本人(日系人)がつけたともいわれています。

キングペレ

1962年10月11日、クラブワールドカップ決勝 ベンフィカリスボン 対 サントス 戦が、ポルトガルの首都リスボンにて大観衆の中開催されました。

地元ファンは、ベンフィカリスボンがサントスを破り、世界クラブチャンピオンになると思っていましたが、ペレの大活躍によってみごとにくつがえされました。

ペレの3ゴールと観客を魅了するプレーで、ブラジルのサントスが世界クラブチャンピオンになったのです。

試合後、すべての観衆から

キング・ペレ キング・ペレ キング・ペレ

と大合唱が繰り返されました。

デビュー

子供のころ、ボールを買えないほど貧しかったペレは、ぼれきれを丸めたボールやとにかく丸いものをボールのかわりにしてコントロールの練習にはげみました。そして10歳のころには地元で有名になり、15歳にしてサントスフットボールクラブと正式に契約をはたしました。

若干15歳のペレは、デビューからサントスのスタジアムを熱狂させました。サントスでの最初の年にあげたゴールは32!! 翌年、16歳のときにはブラジル代表に選ばれました。

1959年、年間で125ゴール(ペレが年間で最も多く得点をした年)をあげ、1969年には通算で1000ゴールを達成しました。そしてワールドカップでは3回優勝と、輝かしい成績とともにサッカー史上最高のプレーヤーへとのぼりつめていきました。

伝説

  • あまりにもすごすぎるペレのプレーを止めるため乱暴なプレーが増えました。それを防ぐためイエローカード・レッドカードが導入されたといわれています。
  • ペレの試合を観るために、アフリカで行われていた戦争が一時的に休戦になったといわれています。
  • サッカー選手を目指す前は、パイロットになりたかったが、飛行機事故をみてあきらめたといわれています。
  • 引退後、ハリウッド映画に出演。シルベスタースタローンと共演。「勝利への脱出」

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勝利への脱出 (字幕版)

ペレの言葉

1972年、現役のペレがサントスの一員として日本に訪れ、日本代表と試合をしています。

その時ペレは、日本のこどもたちに

「わたしは決して天才ではなく、いつも努力しているんだ」

「少年たちよ、技術書だけでなく、有名な選手の伝記を読もう。伝記のなかから、サッカーに対する心構えや、上手になるための秘密を学び取ることができるのだ」

 

フットサーカス鈴鹿にペレの絵をかいたのですが、「だれ?」「名前は聞いたことがある」といった感じだったので、簡単にですがご紹介させていただきました。数年前にペレの映画も出ていますので、ご興味のある方は一度ご覧ください。

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ペレ 伝説の誕生(字幕版)
ペレ 伝説の誕生(吹替版)


 

参考文献:ポール・トレビリオン(1976)「図解ペレのサッカー技術」ベースボールマガジン社
参考文献:Paul Shipton(2010)「PELÉ the story of the world's greatest footballer!!」Mary Glasgow Magazines

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